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2025/05/20

百日咳対策 ― 現状分析と提言

ブログ

公益社団法人日本小児科医会
公衆衛生委員会
令和7年5月20日

1.百日咳流行の現状と脅威

百日咳(Bordetella pertussis) 感染症は近年世界的に再増加しており、日本も例外ではない。生後 6 か月未満の乳児は無呼吸発作・肺炎・脳症などにより重篤化しやすく、入院率・死亡率は他年齢層を大きく上回る[1]。学童期以降、三種混合ワクチン(DPT)で獲得した免疫は減衰し、免疫ギャップが生じた児童が家庭や学校で感染源となり、感受性の高い乳幼児へ二次感染を起こす状況が続く[1]。
2024 年には国内で生後1か月女児がマクロライド耐性百日咳菌(MRBP)に感染して死亡した事例が報告され、乳児保護の重要性が改めて浮き彫りとなった[2]。乳児保護こそが百日咳対策の最優先課題である。


2.近年の流行状況

イングランドでは英国健康安全保障庁(UKHSA)が 2024 年 1 月~11 月に 14 727 例を報告し、前年 856 例から急増した。期間中、乳児死亡は 10 例に上った[3]。

中国では 2019 年に 3 万例超を記録後、COVID 19 の非医薬的介入(NPI)で一時減少したものの 2023 年に再増加し、2024 年 1 月には月間 15 275 例と過去最多を更新した[4]。

米国カリフォルニア州では 2024 年 1 月~10 月に 2 000 例超が報告され、乳児入院 62 例、死亡 1 例が確認された[5]。
東京都でも 2024 年第 20 週以降、届出数の顕著な増加が観察されている[6]。


3.流行再燃の主因

  1. 診断精度の向上 ― PCR・LAMP など核酸増幅検査の普及により潜在症例が顕在化した。
  2. 人流の回復 ― COVID 19 対策(NPI)の緩和で免疫不十分者への伝播が進んだ。
  3. 免疫ギャップ ― 無細胞ワクチン(aP)による免疫減弱と追加接種率の低迷が学童・青年期の感受性を高め、乳児への感染リスクを増大させた。
  4. 薬剤耐性菌(MRBP)の拡大 ― MRBP が東アジアを中心に拡大し、国内でも検出される。近年はマクロライド系以外の抗菌薬にも耐性を示す株が報告されている[7][8]。抗菌薬で細菌排出(シェディング)を抑制できなければ流行はさらに拡大し得る。

4.日本の接種体制と課題

国内では五種混合ワクチンが生後 2 か月から開始され、1 歳時の追加を含む 4 回で定期接種が終了する。就学前(4~6 歳)および 11~12 歳の追加接種は任意であり接種率は低い。2023 年の届出 482 例では 4 回接種済みが 50 % を占め、その 63 % が 5~15 歳であった[9]。

日本では成人用 Tdap の定期接種枠がなく、家庭内での兄弟・姉妹のみならず成人から乳児への感染のリスクが有る。また妊婦 へのDPT 接種では、ワクチンの添付文書には「妊 婦又は妊娠している可能性のある女性には予防接種上の有益性が危険性を上回ると判断さ れる場合にのみ接種すること」との記載がある。妊婦 へのDPT 接種においては国内研究 で安全性(静岡 Study)と有効性(沖縄 Study)が認められている[10][11]。しかし国や専 門機関が積極的に言及しない限りは接種率が伸びず、多くの乳児は予防接種の恩恵を享受 することができない状況にある。


5.総合対策の提言

乳児保護には、 ① 妊娠後期の DPT 接種で胎児に移行抗体を付与する方法 と ② 両親・介護者・近親者へ接種して乳児を間接的に守るコクーン戦略 が最重要である[12]。これに加え、以下の施策を急ぐ必要がある。

  • 妊婦への接種体制整備 ― 妊娠 27~36 週の妊婦へのDPT接種助成を早急に推奨する。
  • 学童期・青年期の追加接種 ― 4~6 歳および 11~12 歳で DPT ブースターを定期接種に組み込み、集団免疫を底上げする。
  • 薬剤耐性対策 ― AMR(薬剤耐性)対策の見地からも、不要なマクロライド・キノロン使用を抑制し MRBP 拡大を防止する。
  • 診断アクセスの改善 ― 核酸増幅検査の公費支援を拡充し診断遅延を解消する。
  • 咳エチケット徹底 ― 学校・家庭でのマスク着用と手指衛生を推進し、飛沫感染・接触感染を抑制する。
なお、日本の DPT ワクチン(トリビック®)は皮下注のみ承認されているが、国際的には同種ワクチンは筋注が標準である。局所反応軽減の観点からも現行製剤は「皮下深部(筋注に近く)」への接種が望ましい。

6.まとめ

百日咳の再拡大を抑え、乳幼児の重症例を減少させるためには、就学前および学童期における追加 DPT 接種の公費化および妊婦 へのDPT 接種環境の整備と普及促進が最も即効性の高い対策である。これに薬剤耐性対策、診断体制強化を組み合わせることにより感染連鎖が断ち切られ、重症化・死亡が大幅に抑制できると確信する。以上より、早期の予防接種制度改正と包括的対策の実現が強く望まれる。



参考文献

  1. World Health Organization. Pertussis vaccines: WHO position paper. Wkly Epidemiol Rec. 2015;90:433 460.
  2. 国立感染症研究所 IASR. 生後 1 か月乳児 MRBP 死亡事例. IASR. 2025;46(543):1 2.
  3. UK Health Security Agency. Pertussis in England: January to November 2024. 16 Jan 2025.
  4. Feng Y, et al. Resurgence of pertussis in China after COVID 19 NPIs. J Infect. 2024;98:e41 e48.
  5. California Department of Public Health. Pertussis update: January–October 2024. 12 Nov 2024.
  6. 東京都感染症情報センター. 百日咳サーベイランス週報. 2024.
  7. Wang L, et al. Rapid expansion of macrolide resistant Bordetella pertussis clones post COVID 19. medRxiv. 2024. DOI:10.1101/2024.04.16.24305932.
  8. 国立感染症研究所. マクロライド耐性百日咳菌(MRBP)レビュー. 2025 04.
  9. 国立感染症研究所. 感染症発生動向調査 百日せき週間速報. 2025 01 07.
  10. 静岡県立大学ほか. 妊婦 DPT 接種の安全性に関する研究(静岡 Study). 厚労科研報告書. 2023.
  11. 沖縄県立中部病院ほか. 妊婦 DPT 接種の有効性に関する研究(沖縄 Study). 厚労科研報告書. 2023.
  12. Munoz FM, et al. Strategies to decrease pertussis transmission to infants. Pediatrics. 2015;135(6):e1475 e1482.